自分の中に宝を持っていながら、自分の宝を知らない

自分の中に宝を持っていながら、自分の宝を知らない

この言葉は、平安時代の初めに、密教を学ぶため遣唐使の一員、留学生として唐に渡られ、密教の第八祖になられた弘法大師・空海様(西暦774~835年)が説いた言葉です。
空海様は、日本に戻り真言密教、真言宗を開かれました。

密教では、他の仏教とは違い、欲望も含め、我々人間の全存在を真正面から肯定します。
”仏様だけが尊いのではない。すべての人も同様に尊いのである。”
”自分の中にこそ仏がいると知るべきであり、本当の自分を知るということは、仏の心を知ることである”
”自分の中に宝を持っていながら、自分の宝を知らない”
と説きます。

その宝とは、「友達と分かち合う時間」や、「自分以外の誰かに親切にしたり、愛情を注ぐ」といった単純なことかもしれません。
もし、私たちが「分かち合う」ことを拒否したら、塞がれて淀んだ井戸のように私たちの宝は色あせて「宝」であること自体を忘れ失ってしまうのです。
あなたが何にしがみついていても、最期にはそれを持って行けないのです。
握りしめている力を緩めて、「分かち合い」がもたらす自由と広がりを感じましょう!

私は、宗教家ではありませんが、目に見えないものを信じられるタイプです。
詳しく知りたい方は、私が最近開設した、こちらのブログも覗いて見て下さい⇒ezuka’s blog 

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